「釣なんというものはさぞ退屈なものだろうと、わたしは思うよ。」こう云ったのはお嬢さんである。大抵お嬢さんなんというものは、釣のことなんぞは余り知らない。このお嬢さんもその数には漏れないのである。
「退屈なら、わたししはしないわ。」こう云ったのは褐色を帯びた、ブロンドな髪を振り
小娘は釣をする人の持前の、大いなる、動かすべからざる真面目の態度を以て、
魚は死ぬる。
湖水は日の光を浴びて、きらきらと輝いて、横わっている。柳の


小娘は釣っている。大いなる、動かすべからざる真面目の態度を以て釣っている。
直き傍に腰を掛けている貴夫人がこう云った。
「ジュ ヌ ペルメットレエ ジャメエ ク マ フィイユ サドンナアタ ユヌ オキュパシヨン シイ クリュエル」
“Je ne permettrais jamais, que ma fille s'adonn


「宅の娘なんぞは、どんなことがあっても、あんな無慈悲なことをさせようとは思いません」と云ったのである。
小娘はまた魚を鉤から脱して、地に投げる。今度は貴夫人の傍へ投げる。
魚は死ぬる。
ぴんと跳ね上がって、ばたりと落ちて死ぬる。
単純な、平穏な死である。踊ることをも忘れて、ついと行ってしまうのである。
「おやまあ」と貴夫人が云った。
それでも褐色を帯びた、ブロンドな髪の、残酷な小娘の顔には深い美と未来の霊とがある。
慈悲深い貴夫人の顔は、それとは違って、風雨に晒された跡のように荒れていて、色が蒼い。
貴夫人はもう誰にも光と温とを授けることは出来ないだろう。
それで魚に同情を寄せるのである。
なんであの魚はまだ生を有していながら、死なねばならないのだろう。
それなのにぴんと跳ね上がって、ばたりと落ちて死ぬるのである。単純な、平穏な死である。
小娘はやはり釣っている。釣をする人の持前の、大いなる、動かすべからざる真面目の態度を以て釣っている。大きな目を

事によったらこの小娘も、いつか魚に同情を寄せてこんな事を言うようになるだろう。
「宅の娘なんぞは、どんな事があっても、あんな無慈悲なことをさせようとは思いません」などと云うだろう。
しかしそんな優しい霊の動きは、壊された、あらゆる夢、殺された、あらゆる望の墓の上に咲く花である。
それだから、好い子、お前は釣をしておいで。
お前は無意識に美しい権利を自覚しているのであるから。
魚を殺せ。そして釣れ。
(明治四十三年一月)